昭和41年02月24日 朝の御理解
甘木の安武先生が若い頃に、ある相当まぁ教養を持ったようなタイプの人がお参りをして来た。あちらであの先生がこう御取次をなさいますと、後ろの方で修行生の方が、その御取次のご様子を神習しておる、神習っておる。それでここでの御取次をなさる、もう本当にその、天地のご恩徳を説かれ、天地の道理を説かれ、お道の信心の神髄と思われるような御理解を、もう懇々として2時間くらいに渡ってそのお話になった。
後ろで頂いておると、その修行生の方が、「親先生もう今日の御理解はもう本当に、まあ噛んで含めたようにお道の信心を説かれたが、今日のお参りの方はおかげを受けられましたねえ」っていうて申し上げた時に、甘木の先生は仰ったそうですね。「今日のはあんまり一遍に分からせ過ぎた、また一遍に分かったから、もう恐らく二度と参ってくるまい」って仰ったそうです。もうそれっきりお参りしなかったって。
ははぁ金光教の信心ってこんなもんだなと分かったんです。大体は、金光教の信心ていうのはそんなに、お話を聞いたからって分かるもんじゃない。ましてそれがお道の信心によって日々の有り難い信心生活とか、体験を生みなして来ると言った様なおかげを頂く為には、とてもとても、やはり倒れ転びもありましょう。信心辛抱し抜かなければ、お道の信心の真実有り難いというところには触れられない。またおかげを現していく事も出来ない、ね。ようその椛目の先生が言わっしゃった。
もうとにかくもういつも分かっとると、もう磨き改まれという事ばっかりじゃから、もうその気でおりさえすればもう良か、と言った様に早合点をする人がおる、早分かりをする人がある。それでは本当の稽古になりません。どんなに間違いのない教えでありましても、その間違いのない教えを本当に自分のものに頂いてこそ、間違いのないおかげを受けられるようになるのですから、信心辛抱がいります、ね。
まあ例えて言うなら、弓矢の稽古を致しましても、ね、そこに向こうに的がある。始めから的の中心に一々射抜かれるような人は有る筈ありません、ね。姿勢の事をやかましゅう言われ、いわゆるこう引き具合な事を色々と、まぁこうせんならんもんだという事を、聞いた分かったからというて、実際の上にそんなに、百発百中命中するって事、絶対にありません。( ? )あたるような事はあるかも知れませんけれど。ね、そのこんなものだという事を説明を受けただけで分かる筈はないです。信心も同じ事。
ですからそれを繰り返し繰り返し日々、やはり稽古さして頂きよる内にです、例えばあの的がございますね。その始めの間はその的にも当たらないような事から大きな輪の方にあたり、だんだん中の中心に当たるようになる、なって最後には例えば馬を走らせながらこうやって、そのそれにを射抜く事が出来るようになったり、的がこう動いておる、その動いておる的を射ること、その射落とす事が出来るようになると言う様にです、ね、やはりあのけいこの賜物なんです。
ここには信心の稽古に来る所と、しっかり信心の稽古をして帰れとこう、教祖が仰っておられる。こことはお広前のこと、ね。ですからもう、はぁ先生の仰っしゃる事はあの事だと、あぁだと高を括ってしもうたんじゃいけません。金光様のご信心っちゃあこげなご信心だと、その甘木のその、親先生のそのお話じゃないですけれどもね。それこそ御理解、懇切を極めてこんなものだと、天地の道理を天地のご恩徳を、ね、解き明かされてもです、それをなら分かってでもです、ね。
それでんなら金光様のご信心を体得したとは言えん。はあ良う分かりましたと、と言うてそのまま帰ってから、修行生の方が本当に今日のご信者さんは、今日のお参りしてきた人は、先生のあの御理解力によって、良い信心になるじゃろうと、こう思うとったところが、甘木の先生は、あんまり早う分かりすぎたという。また私もあんまりその懇切にそのその全てを説きすぎたと、もうあれは二度と参って来んばいち言うて言わっしゃった。本当に参って来なかったという、ね。
何かの本にこんな私はあの、話を読んだ事があったある本で。侍の子供と町人の子供が、侍の方の子供も良い立派なその、侍になる為にもう毎朝毎朝あのう竹刀を担いで道場通いをする。一方町人のその子供は、どうでも大商人を目指さして頂くのですから、天秤を担いで、市場か何かという所に行くんでしょうね。それがもういつもその同じ所で会うち、ね、やあ同じ朝早うからもう出て行く。向こうは竹刀を担いで行きよる、こっちは天稟を担いで行きよる。
それでその同じ時期に同じような所でいつも会うもんですから、終いには町人と侍ではあるけれどもこう、目礼を交わすようになった。そしてからはぁ今日もあそこであの人と会う。今日はまたあの町人とあそこで会うが、もう少し一つあっちより早く行こうと、というて、その片一方も同じような事をやっぱ考えておる、ね。はぁ今日は俺が負けた、今日は私が勝ったと言う風に心の中にそれを感じるようになった。ね、例えばまぁ善導寺から椛目の間に、椛目の方から行く善導寺の方から、まぁ来るとこうする。
いつも勿体島にきで出会う。だから椛目の方の人が早く行った時には、今度は飯田にきで会う。善導寺の方の人が早か時には、もう椛目勿体島まではよようついたと言う様なふうに。だからそこんところをです、ね。そのまぁ競争のように早く起きて、少しでもその、まあそこんところの早起きの稽古を、稽古ではないその競争をまぁしたという。ね、もうそう言う様な事がまぁ何年か続いた。
そのう侍がそれから何十年かの後には、その大きなお屋敷に抱えられてからそこの指南指南役、指南番と言う様なその大きな役に取り立てられた。剣道が上達してからもう人に教えられるような先生になった。一方その町人の子供は、沢山まぁお商売によってから儲けだして、ね、そしてそのう殿様やら侍やらにでも、その御用金をお金を貸し付けるぐらいな、まあ金持ちになったという話です、ね。
そしてたまたまある時にそのう、そのう家にお金を貸し付けてある事で、まぁそのまっ家老の方達との話し合いの為に行ったところが、期せずしてからそのう、子供の時に会っておった指南役のその人に会った。あぁ貴方は何十年前あそこでいつも、毎日お目に掛かっておった。物こそ言わんけど、いつも目礼交わして通りよったあの方でしたね。はぁあん時の天秤を担いで行きよったあの人だったですねと、両方から話しあった。
あん時にはいつも私は、あんたにいつもあんたと会う度に自分の心が弾んだ。町人に負けてなるもんか、ね、あの侍に負けてなるもんか。それが私の今日を成した元でしたと言うて、両方が同じような話し合いをしたという話なんです、ね。もう一つ信心にはね、そういうような私は、この根気というものが必要です。同時にです、ね、これはまぁだ私の信心が足りんからだという信心が必要です、ね。
おかげは例えばの話、自分の思いのおかげにはならなくても、当たらなくてもです、ね、それをだんだん稽古さして頂きよる内に、いわゆる段々本当の的に当たって来る様になるように。始めから先生はおりません。信心も一段一段登って行くのだと教祖様仰っておられますように、ね。その為には例えば今も申しますような、私はそういうそのはりきった精進心というものが必要だとこう思うです。
どうぞ一つお道の信心、まぁ皆さん椛目の信心とこう言う風に、椛目のご縁を頂いておる人は、椛目の信心と言うけれども、もう私の信心を言うならこれだ、という事はそういくつもありません。だからもう椛目の信心はもうあれだと。まぁ例えて言うなら、もう難はみかげと、先生自身もその難をみかげにして行かっしゃった。だから難はみかげで受けさえすれば良かろうもんと、それだけじゃいかんち。あぁもう成り行きを大事に、あれがもう椛目の一点張り。
だからその成り行きそのものを合掌して受けていくという、行きさえすれば良かろう、ね。自然に委ね、任せて行けば良かろうもん、もう素直になりさえすりゃあ良かろうもん。まぁ私が言う事そんなもんですけれども、それだけの事をなら覚えたからというてです、ね、それが自分のものになったのではないということ、ね。そこんところがです、例えばその倒れ転びしながらでも、ね。
失敗しながらでも、私はそこのけいこをして行くところのおかげを頂く為に、そこに何か一つの目当てというものがなからにゃいかん。ね、朝参りなら朝参りさして頂くでも。始めの間は、ようのあっときだけ参りよった。夜の御祈念にお参りしよった。ああもう夜の御祈念ぐらいじゃいかん、ひとつ朝の御祈念にでもお参りしよう。お参りしたら、もう誰々さんの参っちゃった。私もいっちょ朝のあの人よりかいっちょ早う参ろうと。御祈念前にひとつ、御用の一つもさして頂こうと。
と言う様にです、私はそういう一つの弾みがなからなければ信心は上達しないと。私はここの修行する人たちにいつもお話をする話ですけれども、ね。師匠よりも後からどん出てくるごたるこっで、おかげ頂けるもんか。昔ね支那にこんな話がある。ある青年が立身出世を目指してその、都に上る途中にある不思議な白髪の老人に会った。ちょうどある橋の中央であった。そしたらその老人がです、橋の上から自分の履いておる靴を、橋の下にポンと投げ捨てた。そしておい君あの靴を拾うて来てくれと。
まぁ失礼な年寄りだと、こう思ったんですね。自分で投げ捨ててから拾うて来てくれなんて。けどまぁその支那という国は大変年寄りを大事にする国ですから、拾って来てあげましょうと言うてから、して橋の下に下りて行ってから拾って来てから、まぁうやうやしくその老人に捧げた。そしたらその老人がです、その人の顔を見てから言う。お前がそのまぁ大望をもっ大きな願い、望みを持って都に行きよると自分は見てとったが、まぁだお前の今のようなその、気持ちは尊いんだけれど駄目だ。
自分が明日ここで、ね、その成功の秘訣を教える。だからもう一遍出なおして、明日ここでまた会おうと言うてその別れた。それでその明くる朝またその橋の上までやって参りますと、もう向こうの方から老人が来て待っておった。ね、あぁ今日は駄目だもう一遍出直せ。また明くる日もまた同じで、もう老人の方が早く来ておった、ね。教えを受ける者が後から来るごたることで、どうして教えられるか。はあ言われてみればその通り、もうそれこそ前の晩な、もう寝らんようにしてから。
その橋の上に立ったところが、ようやく向こうの方から老人がやってきた、ね。そしてまぁ立身出世の秘訣を教えたという話がある、ね。教える者教えられる者。私はそのくらいな、私は教えられる者が意気込みがなからずしてから、ね、教えられるはずがない、ね。ただお参りすりゃあええが、拝みよりゃええ、その例えて言うならばです、私しがここで、私しも段々稽古させてして頂いて、いうなら百発百中当たるその、引けれるようなおかげを私頂いて。
ほら見てみなさいて言って皆さんに、まぁ私の頂いておるおかげを皆さんに見せてからのお話である。なるほどと合点が皆さんが行きなさるだろうと思う。いうなら皆さんがそれを実際ならやってみて出来るはずも、またありませんからです、ね、その為には、もうどげんか秘訣があるだろう。そこをやはり練り出さして頂くと同時にです、私今日申しますような一つの、ね、精進というものが必要だと。
だから本当に信心の稽古さして頂こうと、ね。本当に信心によっておかげを頂こうと。本当に信心によって徳を受けさして頂いて、人間の真実の幸せの元を作ろうと、と言う様にです、これはただしですね、そういう信心を、目指さして頂いておる人の上のこと。ただおかげを頂きにお参りをすると、という人なんかは問題じゃありません。そりゃ昼参ろうが、わが良か時参ろうが問題じゃありません、ね。けれども、本当に信心のけいこにここに通うて来る。
まぁ例えて言うなら、久富先生の息子さんの望さんが、まぁここにまぁ修行というわけじゃないけれど、体が強くありませんから、ここでまぁ修行させてもらいよります。ですから私はこの人にはまだなぁにも言いません。もういわば放任主義なんです、ね。だから、はあ信心ちゃ有り難いもんだなあと、親先生のような信心を身につけたら本当に幸せになるぞ。ここに折角御縁を頂いておるからには本気でひとつあの信心を体得するぞと、分からせてもらうぞ、という意欲が出てきたらです。
私が本当にもう本当に私が手を取って、ね、私が打ち込んで望さんに私の信心を教えたいと思う。けれどもまだそういう信心を頂きたいと、というものを私は一つも感じられない望さんから。本気で信心の稽古をしようと思うておるというふうには思えない。だから私がそりゃあもう、半年や一年待ってからでもです、本人にその気が出たら、私が教えようとこういうふうに思うておるようにです。皆さんでもそうです。本気で信心を体得させてもらおう、お徳を受けさせて頂こうと、という事になればです。
私も本気でそのう、その事に立ち向かわして頂かなならん。またそれには皆さんのです、今日私が申しますような精進というものが、ね。おかげを頂かんならん。けれども本当に信心を自分のものにさして頂こうと、意欲するならば、そう言う様なものがです、見えなければ私はそうだとは認められない。だからおかげ頂き来よざるとしか思わん。本気で信心のいわゆる、信心のいわゆる修行です。折角私は椛目通いなさるならです、今椛目にあるものを受けにゃいけんと、ね。
椛目にあるものといえば、私今日例えば申しますようなもんだと、こう思うのです。信心によって、おかげを頂いていくではなくて、信心を頂いて人間の真実の幸せというものを頂こうと。これにはそこに例えば転んでも、ね、またそのう倒れ転びしながらでもです、少しずつその目的に向かって進んで行きよる、的に近づいて行きよるという事を楽しみになって参りましたら、その事もまた楽しゅうなってくるだろうと私思うのです。ね、何の稽古でも同じでしょうけれども、特に取分け信心にはそう言う様な、信心の稽古。そういう、心構えが必要じゃないでしょうかね。
どうぞ。